また、原作に登場したひみつ道具の効用はほとんどそのままに外見とストーリーを少し変えただけの作品も多く放送されている。, 『ドラえもん』は基本的には一話完結なので、単行本収録順にアニメ化をしているというわけでもなく、原作の作品を順不同にアニメ化して放送している。そのため第1期で一度もアニメ化されなかった作品[注 53] も存在する。『ドラえもん』は一話完結であるとはいえ、登場人物が前にあったことを基本的に覚えていて、のび太が「前に使った道具だ」などと言ったりする。そのため、てんとう虫コミックス第11巻収録の「もしもボックス」よりも先にてんとう虫コミックス第13巻収録の「お金のいらない世界」が放送された時には矛盾が生じたことがある。原因は制作開始時に制作に関与した高畑勲が原作をアレンジせずにアニメ化するよう指南していたことも関係している[53]。放送開始時には、すでにてんとう虫コミックス第15巻まで出版されていた。, 原作初期のドラえもんおよび、前作である第1作のドラえもんには現在に続く保護者的側面はほとんど無く、かつてのQ太郎のようにナンセンスなギャグ騒ぎを起こすトラブルメーカーとしての側面が強かった。, しかし、放送開始初期の帯枠時はアバウトな一面も見られたものの、今作においてドラえもんがトラブルメーカー的なキャラクターに描かれることはまず無かった。 !年忘れだよ!ドラえもん1時間スペシャル」(17:30 - 18:30)を放送。番組ラストのコーナーにて、2015年3月7日公開予定の『, 1月9日:この回から「どこでもドアかくれんぼ」の映像(&データ放送画面)が、『のび太の宇宙英雄記』バージョンにリニューアルされる。, 3月6日:合体3時間SP『ドラえもん・クレヨンしんちゃん 春だ!映画だ!3時間アニメ祭り』を放送。19:00からは『クレヨンしんちゃん』の10分拡大だが、19:35からは、前年公開された『, 4月10日:合体3時間SP『ドラえもん・クレヨンしんちゃん 春だ!映画だ!3時間アニメ祭り』の第2弾を放送。今回は前回とは逆に、19:00からは『ドラえもん』の14分拡大放送、19:44からは『クレヨンしんちゃん』の劇場版『, 5月15日:この日から7月10日放送分まで、期間限定のエピソード3本立て「ドラララ3」( - スリー)となる。, 7月24日:2015年初の1時間スペシャル「夏祭りだよ!ドラえもん 1時間スペシャル」を放送。, 9月4日:「ドラえもん誕生日スペシャル」を1時間枠で放送。作中で、DX列車セットから出てくる車掌兼運転士指導員のヒツジ役で, 12月31日:「今年最後のドラ笑い! !」(しずか)、「のび太のくせに生意気だぞ!」(スネ夫)、「ひはははははは、ジャィアン事剛田 武、小学五年生」(ジャィアン)などの台詞は全て漫画にはなくそれぞれの声優陣たちが自ら考案したアドリブである。他にもしずかがドラえもんのことを「ドラちゃん」、のび太らを「○○○さん」と呼ぶ設定と、「しずかちゃん」という愛称は野村道子が考案した。これらは全面リニューアルの際にもほぼそのままの状態で残され、またさらなる発展がされて現在に至っている。, 1973年のテレビアニメ『ドラえもん』第1作の放送終了後、漫画『ドラえもん』の映像化権は、かつての制作会社の日本テレビ動画が消滅していたこともあって宙に浮いていたが、その後は原作者からの信頼を獲得した東京ムービーへと委ねられていたとされる。1976年の秋に東京ムービー専属の下請会社であったAプロダクションが、シンエイ動画へと社名を変更して独立。その際に東京ムービーの社長を務めていた藤岡豊が『ドラえもん』の映像化権をシンエイ動画への餞別として快く譲渡したという経緯がある[5]。, 一方、楠部三吉郎の回想では、1977年秋に原作者である藤本弘(藤子・F・不二雄)にアニメ製作の許諾を求めると、藤本はしばらく沈黙してから「いったいどうやって『ドラえもん』を見せるのか、教えてもらえませんか。原稿用紙3、4枚でいいから、あなたの気持ちを書いてきてください」と答えた[6]。楠部はAプロダクション時代に面識のあった高畑勲に依頼して企画書を書いてもらい[注 14]、高畑とともに再度藤本を訪れて企画書を見せると、藤本は「わかりました。あなたにあずけます」と即答したという[6][注 15]。楠部は後日藤本が「『オバQ』にしても、『パーマン』にしても、みな幸せな家庭へ嫁に出すことができました。でも、『ドラえもん』だけは出戻りなんです。(中略)だからもし、もう一度嫁に出すことがあったら、せめて婿は自分で選ぼうと、そう決めていました」と、企画書を求めた理由を話したことを記している[6]。, 独自に映像化権を取得したシンエイ動画は手始めによみうりテレビ(YTV・日本テレビ系列)[注 16] へ新作のセールスを行っており、同局のプロデューサーだった佐野寿七が本格的な企画書を作ったものの、上層部の理解を得られずに企画は頓挫する。佐野は『ドラえもん』の企画書を広告代理店の旭通信社に譲渡することで、シンエイ動画と旭通信社による各テレビ局へのセールスが新たに開始された[7][8]。楠部三吉郎は、東京ムービーと関係の深かったよみうりテレビ東京支社長が「また一緒にやろう」と誘ってくれたが、シンエイ動画が東京ムービーと「揉めて」独立した経緯があり、東京ムービー時代の「コネ」に頼るのは「仁義に反する」と考えて他局に売り込んだと記している[9]。, 1978年になると、テレビ朝日の株主だった小学館も再アニメ化への根回しを開始。テレビ朝日の編成部で19時から23時までのプライムタイム担当者だった高橋浩に「藤本先生が『私の作品はどこが受け入れられなかったのでしょうか?』と言われている。『ドラえもん』が日本テレビ放送網で失敗した理由を教えてほしい」という要望で、1973年版全26話分の台本と漫画の単行本数冊を入れた風呂敷包みを贈っている。それを自宅に持ち帰った高橋は、小学校低学年と幼稚園児だった娘たちが単行本を楽しそうに読む姿を見て『ドラえもん』は低年齢層向けの作品だと確信するが、1973年版の台本を読むと対象年齢のターゲットが少し高いように感じた。書店でも、当時の子どもたちが面白そうに単行本を読む光景を観察した高橋は、『ドラえもん』の再アニメ化をテレビ朝日の上司に提案するが「日本テレビで失敗したものがテレビ朝日で成功するわけがないだろう」という一言で却下。高橋は、低視聴率の枠があったら再び『ドラえもん』の企画を出す作戦に切り替える[10]。, その後、プライムタイムの低視聴率を問題視したテレビ朝日の編成局長と編成部長が、担当者の高橋を呼び出して責任を問う機会があった。「19時直前の10分番組がローカル放送の『ANN首都圏ニュース』のベルト編成で、なおかつ毎日2%の視聴率では、プライムタイムへのフロー(流れ)ができていません。18時50分から19時までの枠を視聴率が取れ、ベルト編成ができる番組に切り替えれば、プライムタイムの数字は自ずと上がるのではないでしょうか」という高橋の考えに対し、「現在の18時30分から20分間の全国ネットニュース、18時50分から10分間のローカルニュースという編成を、18時から30分間の全国ネットニュース、18時30分から20分間のローカルニュース[注 17] に拡大すれば、報道局は納得するだろう。そうすれば、18時50分からの10分間をあけることができる」という編成部長の妙案で、高橋は月曜から土曜まで10分間のベルト企画を社内外から募集することになった[11]。, 高橋が、アニメ、人形劇、特撮もの、歌ものなどを含めて88本も集まった企画に『ドラえもん』も入れて選定中の頃、小学館やシンエイ動画と組んで『ドラえもん』の再アニメ化を各テレビ局にセールス中だった旭通信社が、テレビ朝日におけるベルト企画の状況を聞いてきた。高橋が『ドラえもん』を薦めると、旭通信社も同意して『勉強部屋のつりぼり』と題したパイロット版を持参。このパイロット版は高橋の上司の編成部長にも好評であり、「必ず決めるから他局に持っていかないで欲しい」と言われたという。そして様々な紆余曲折を経た『ドラえもん』の再アニメ化は10分間のベルト新番組として、1979年4月の改編期に決定する。なお、テレビ朝日における月曜から土曜までの時間帯(18時50分~19時)は関東限定のローカルスポンサーしか存在せず、安い広告料しか得られない広告代理店も製作リスクが高いことから、月曜から土曜まで放送した『ドラえもん』を日曜朝(8時30分~9時)の全国同時ネット用に再編集して放送する珍しい編成になった[12]。楠部三吉郎によると、他局へのセールスに色よい反応がなかったため、最後の手段としてパイロット版を作ることにしたという[13]。なお、楠部はパイロット版の完成時期を「1978年秋」と記している[14]。, パイロット版の時点で本放送キャストの大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子、肝付兼太、たてかべ和也、千々松幸子の6人が既に同役で参加しているが、パイロット版で起用されていたキャストは、放送決定後に改めてプロデューサーなどの意向を含め変更されることが多いため、これはかなり特異なことである。楠部三吉郎は、このキャストは音響監督だった浦上靖夫が選んで連れてきたと記している[14]。, 本作の第1話「ゆめの町ノビタランド」はプロローグ的な意味合いなどは全く持たない平常的な作品であり、普通に本編から始まっていることから、第1作の続編を意識したかのような形がとられている[注 18][15]。他にも、しずかの髪の色が栗色だったり、美術設定に川本征平が起用されているなど、第1作と同一の設定も散見される。なお、ドラえもんが初めてのび太の前に現れる原作の第1話にあたる「未来の国からはるばると」は、翌年の正月特番として放送された。, 企画書を作成した高畑勲は通常のエピソードを第1話に用意した意図について次のように記している。, ドラエモンの出現とのび太のおどろきをみせない方が良いということを積極的に主張する根拠はないが、ドラエモンとのび太の友情の発展していく過程とか、パパやママのそれを受け入れていく過程などを描くことが予定されていない以上、第1話それ自体としての問題でしかなく、要は如何に面白い話を第1日目に提出するかという点で考えたい。, 「ドラエモン」の魅力はドラエモンという不可思議な存在が、その存在のリアリティを子供に植えつけることで増加するわけでなく、ドラエモンがポケットから出すものによって、平凡な日常生活が急に活気を帯び、楽しく夢のあるものになったり、なりかけて駄目になったり、イタズラ心や子供っぽい復讐心に刺激を与えられて、笑いを解き放たれるところに、その魅力があるのだから、短刀直入〔ママ〕に個々のエピソードを展開しはじめたほうが良いだろう。, 同じような意味で、のび太、パパ、ママ、しずか、スネ夫、ジャイアンなども、最も一般的なタイプを代表していて、ドラエモンの道具によって異変が持ちこまれるべき「日常生活の世界」を最もシンプルな形で構成しているのだから、この藤子不二雄的人物達とその関係は子供達に一目瞭然であり、余計な説明も肉づけも不要である。, 1979年10月から月曜 - 金曜 16:50 - 17:00で10分帯番組も追加ネット。, 1987年9月までと、1989年4月から1990年代後半まで木曜 17:30 - 18:00(1ヶ月ほど遅れ), 1987年10月から1988年3月までは火曜 19:00 - 19:30(4日遅れ), 1988年4月から1989年3月までは日曜 10:30 - 11:00(2日遅れ)[35], メインキャラクターの声優5名は、いずれも1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』[注 36]から2005年3月18日『ドラえもんに休日を?

『ドラえもん』は、藤子・F・不二雄の漫画作品『ドラえもん』を原作とするテレビアニメである。, これらを区別する呼称は公式には発表されていないが[注 4]、アニメ誌では2005年(平成17年)4月より放送中のシリーズを『ドラえもん(新・第2期)』としている。本項ではそれに倣い、1973年(昭和48年)に日本テレビ系列で放送されたシリーズを第1作、1979年(昭和54年)よりテレビ朝日系列で放送されているシリーズをまとめて第2作とする。また第2作において、1979年(昭和54年)から2005年(平成17年)3月まで放送されたシリーズを第1期、2005年(平成17年)4月から放送中のシリーズを第2期とする。, 本シリーズは、テレビと映画が25周年を迎えたことを機に、前シリーズから大幅にリニューアルする形で制作されたものである。それに伴い、ハイビジョン化、キャスト(声優陣)の総入れ替え、キャラクターデザインや設定の変更などを行った上で、サブタイトル場面、次回予告、本編BGMなどの音楽や効果音が大幅にリニューアルされた。それと同時に、エピソードの再使用も開始されたため、本シリーズはリメイク作品としての色合いも強い。当初は第1期でもアニメ化された原作をアニメ化した作品が多かったが、次第に本放送時原作収録本が絶版になっていた作品や本シリーズで初めてアニメ化された作品[注 5]も放送されるようになった。稀に原作の連続していない作品2話を1話に統合して放送する作品[注 6]や、逆に1つの話を前編後編に分けて放送する作品[注 7]もある。, また、地上デジタルテレビジョン放送への対応のため、ハイビジョン制作(アナログ放送では2010年6月25日まで14:9の画像サイズの放送、7月2日より16:9画像サイズの放送)へ移行した。, 本シリーズにおけるキャラクターや舞台の設定は基本的に原作に忠実である一方、原作においてギャグで済まされていた箇所については、現代科学や物語背景に基づいた解釈が施されている。また、作中の何気ない描写が、物語の重要な鍵を握る伏線として用いられることもある。, メインキャラクターである野比のび太らは、現代の小学生の等身大キャラクターとして描いており、主人公であるドラえもんは子守りロボットとしては成長途中で、のび太の目線に近いキャラクターとして設定している。また、アニメオリジナルエピソードなどにおいてドラえもんがメインとなる話が増えていたり、原作ではのび太単独で進行する話もドラえもんがのび太と共に行動したり、ドラえもんがメインとして描かれる話が増えている。, のび太たちは月見台小学校[注 8]5年3組[1]の設定。ドラえもんやのび太らは東京都練馬区月見台という下町に住んでいるという設定であり、原作および前シリーズでは町の中に「ドブ川」と呼ばれるほど汚れた川が流れていたのに対し、本作では緑あふれる散歩道の中に自然のままの小川も流れている[2]。また、町のシンボルでもある「うら山」は、前シリーズでは町のど真ん中に位置し、周りを交通量の多い車道に囲まれていたが、本作では周囲をのどかな田園地帯が囲んでいる[3]。, 基本的に、前シリーズと同様に現代と変わらない世界として描かれている。2006年9月1日放送分ではドラミが作中の現代を指して「21世紀は…」と発言しており、現代と変わらない世界であることを示唆する事物がその後もたびたび作中に登場している。また、のび太の部屋に貼られているカレンダーも現代のものと全く同じである。, 2007年5月11日放送分より使用されるオープニングアニメーションに登場する、のび太たちの服装が今の時代に合わせて変化する[4]。それにともなって新しい服装がアニメ本編でも取り入れられていき、スネ夫が前シリーズ以来再び携帯電話を使うなど、現代の生活に反映した作品作りが今後も展開されるという[注 9]。しずかや玉子など、主要な女性キャラクターは原作どおり昔ながらの女性語を用いるが、特に新声優陣へ変更以降はゲストキャラの幼稚園児の女の子や、のび太・しずかたちが小学校にいるシーンなどでまわりから聞こえてくる女子児童の言葉が一部「――だよ」「――だね」というようにユニセックスな言葉遣いとなっている。また、原作で過去の芸能人が登場する場面には、代わりに1980年代以降に生まれた芸能人(速水もこみち・相武紗季など)を起用している。, 2007年8月17日放送の「ママのダイヤを盗み出せ」では、のび太の母親である玉子の少女時代に松田聖子のサイン会が開かれており[5][注 10]、玉子は昭和50年代に少女時代を送ったことになっている。, 一方、雑誌『もっと! 来日しているアカン王国の国王を歓迎する晩餐会を紹介しているニュースを見たのび太は、自分もおもてなしされたいと言い出す。ドラえもんが取り出したのは、食べさせた相手が盛大にもてなしてくれるという『おもて梨』。おもて梨をスネ夫に食べさせようと思いつくがどうしても食べてくれず、ふりはらった梨が、走ってきた高級車にぶつかってしまう。停まった車からおりてきたのは、なんとアカン国王で…!? abc 朝日放送テレビは、近畿広域圏を放送対象としたテレビ・ラジオの放送局です。大阪市福島区の“ほたるまち”の社屋から皆さんに楽しんでいただける番組を発信しています。 ドラえもんの放送時間は昨日から変わりましたが、これは番組放送から初めてのことなのですか? もし初めてではないのなら、いつ振りですか? 第2期(水田ワサビ)ドラえもんでは初めてです。 毎年大人気のドラえもん2021年カレンダーを、今年も4週連続で、毎週100名さま、合計400名さまに抽選でプレゼントします! 【激レアさんを連れてきた。】激レアさん大募集!! 採用されたら1万円! スーパースペシャル』を放送。, この日の放送作品『四次元エレベーター(映像ソフト未収録)』に当時主題歌を歌っていた, 渡辺歩がコンテ・演出・作画監督の三点を同時に担当した最後の作品『ためしにさようなら』がオンエア。, 特別番組『今夜公開!! !」。映画でも「, かつては、お正月にも『お正月だよ!ドラえもん』と題して1時間の特番が放送されていた。, 1997年以降の映画は当初、お正月特番の代替で翌年の正月に、第2作1期最末期からは現在と同様、新作映画公開直前での放送となった。, なお、『パーマン』はその後新作映画公開記念として2002年度と2003年度にも傑作を2本程度放送された, 本番組が開始される際、この編成は結果的に18時から18時半がローカルニュース(テレビ朝日では『, ただし、第1作の最終話でドラえもんは一度未来に戻っているため、どのような経緯で現代に帰還したかは不明となっている。, テレビ岩手・福島中央テレビ・日本海テレビのANN脱退・NNSマストバイ局化に伴いIBC岩手放送・福島放送・山陰放送へ放映権移行。IBC岩手放送・福島中央テレビは岩手朝日テレビ・福島放送開局準備のため途中打ち切り。, 1980年3月までは日本テレビ単独加盟局。1980年4月から1993年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局。, サービス放送期間中の1981年9月27日(日曜日朝の放送枠最終日)から。サービス放送期間中、夕方の枠では放送されなかった(『, 1981年10月1日と2日には、18時48分から、「ゆめのまちノビタランド」(1日)、「変身ビスケット」(2日)が放送された。なお、金曜日に放送時間移動後初回にあたる1981年10月2日放送から正式に同時ネット開始。, 1981年3月までは日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのトリプルネット局。1981年4月 - 1983年9月はテレビ朝日系列とのクロスネット局。, なお8月15日にはドキュメンタリー特番『父よ、母よ、祖国よ…孤児たちの望都』(19:00 - 20:54)、8月22日は『, 帯番組版では翌日分の予告テロップを表示するスペースだった。そのため、1期終了まで行っていた次回予告はこの枠移動まで日曜版のみの放送だった。, ただし、後述のように(1994年4月1日放送「ハリ千本ノマス」等)その後も度々開始当初の1979年~1981年頃の初期BGMが復活・採用される話も現れる。, 本作と同じテレビ朝日系列シンエイ動画製作の『クレヨンしんちゃん』は同年5月25日放送分より、他局では、『, 3月18日のスペシャルはオープニングは無く、提供クレジット画面のBGMのみで使用されている。, 例えば、1979年4月10日放送分の『恐竜ハンター』は中村英一が全て一人で原画を担当。, 玉子の腰掛が青から白になったり、スネ夫の首襟がオレンジから白になったり、静香の靴の色が赤にされた点、など。, ドラえもんに限ればヒゲの位置などで (2) を思い起こさせるデザインだが大きく異なる点が多い。, しずかのニックネームは原作とアニメで各々異なって統一された。ただし統一までにはある程度期間を要しており、放送初期では「しずちゃん」と呼ばれていることがある他、サブタイトルを「しずちゃんのはごろも」としてそのまま使用することもあった。, 藤子・F・不二雄大全集第1巻『ドラえもんの歌』、てんとう虫コミックス第11巻『からだの部品とりかえっこ』など。, うち、映像ソフトにおけるスタッフのクレジット表記は放送時のものとビデオ刊行時のものが混在して表記されている。, これはVHS時代に権利関係の問題で本編に手を加えたり、主題歌・挿入歌の音源をステレオ音源に差し替えたりなど劇場公開時の状態で販売できないことが原因の一つである。, ドラえもんが出した「コンピュータペンシル」でのび太にノートに書かせる件。「交流回路で消費される○○」「負荷が××の時」といった表現(記号に当たる箇所が不適切表現箇所)があった。, 1981年のみ、劇場用作品が2作公開されているが、3月の公開でない上、同時上映でカップリングされていた経緯上『桃太郎のなんなのさ』は劇場用作品から除かれるケースが多々ある。, 『日本TVアニメーション全史』(2014年12月30日、世界文化社発行)127ページ。, 『「ドラえもん」への感謝状』pp.26 - 27。ここには上記の佐野寿七の話は記されていない。, 出典:1979年4月5日の陸奥新報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「(新番組)」と記載あり), 出典:1991年9月24日の東奥日報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「終」マークが付されている), 『福島民報』1979年4月10日付朝刊、テレビ欄および『福島民報縮刷版昭和56年6月号』(福島民報社)、514頁(1981年6月30日『福島民報』朝刊8面、テレビ欄より)。, 『北日本新聞』1980年4月5日から2005年3月22日付までの各日付の朝刊テレビ欄より。, 藤子・F・不二雄★ワンダーランド『ぼくドラえもん01』より 『楠部三吉郎インタビュー』, DVD用にマスターが作り直され16:9スクイーズ化された劇場版は『南海大冒険』、『宇宙漂流記』、『太陽王伝説』、『ワンニャン時空伝』のみ。, 新作放送休止前に最後に放送された新作は「リクエスト小切手」(1994年10月28日放送)。, “スネ夫役・肝付兼太さんへ「ドラえもん」番組内で追悼テロップ「多くの子どもたちに夢と希望」”, http://www.sanspo.com/geino/news/20161028/geo16102820430031-n1.html, ◎1979年秋頃 - 1983年9月、毎週金曜(時間不明)→毎週月曜 19:00 - 19:30, 1979年後半 - 1995年9月。金曜 17:30 - 18:00→木曜 16:30 - 17:00, 4月3日放送作品『変身ビスケット』にて、のび太のパパこと野比のび助が初登場。声優は, 初のテレビアニメオリジナル作品『タイムマシンでお正月(映像ソフト未収録)』が放映された。, 『春だ!一番ドラえもん祭り』内で放送された『おまたせドラミちゃん初登場!のび太の海底ハイキング』にてドラミが初登場。, 初の大晦日特別番組『大晦日だよ! !』をもって大山のぶ代ら主要キャスト5人(+12人)とスタッフ陣が降板。, テレビアニメ『ドラえもん』の放送開始30周年を記念して、1979年4月2日から1980年3月31日までに放送された全309作品を収録した, 『ありがとう!30周年 今夜かぎりの春のドラえもん祭』内で地域限定だった10分帯番組時代のシリーズ第1話「ゆめの町ノビタランド」を初の全国放送。, 本作でジャイアン役を務めたたてかべ和也が逝去。作品の終了から11年目にして本作のメインキャストで一人目の逝去者となった。翌日に放送された『, 本作で出木杉英才役を務めた白川澄子が逝去。2日後に放送された『ドラえもん』ではたてかべの時と同様の追悼テロップが流れた。, All text is available under the terms of the. フィギュアスケート城だゾ」という話を放送。, 2020年からは交代時期が不定期となる、また『しんちゃん』時代の2020年5月より放送開始が18:33から18:30に繰り下がり『クレヨンしんちゃん天気』に変更したため、『ドラえもん』も2020年6月から18:30に変更、同時にタイトルも『ドラえもん天気』となるが、同年8月より元の18:33に戻るも、タイトルに変更は無かった。なお2020年10月5日より『スーパーJチャンネル』の放送枠が16:40 - 18:45に変更(15分縮小)したため、『ドラえもん天気』(および『クレヨンしんちゃん天気』)は17:20に移動した。, この再放送では2017年7月28日放送分以前の作品を再放送する場合、一部の回では本放送時にはなかったキャラ設定のスタッフがEDクレジットに記されており、一部の回を除き現在のサブタイトルと同じく画面右下に脚本・絵コンテ・演出がクレジットされている。, 3月7日放送分はタイトルから「スネ夫としげおの」が外れている。ガイドする人物もスネ夫と高橋茂雄ではなく、ドラえもんになっている。, この日の通常放送及び劇場版放送の冒頭では、ドラえもんによる『ドラえもん のび太の新恐竜』の公開延期の告知が流れた。その影響で通常放送ではサンリオ制作のショートアニメがカットされ、EDで表示されていた公開日のクレジットも「3月6日公開」から「近日公開」になった。, 『ウルトラミキサー』と『ムードもりあげ楽団』の2本。後者は本シリーズでは『おおかみ男クリーム』と同じく3度目のリメイクとなった。, 2005年4月15日放送回から2013年6月14日放送回までクレジット。その後、2017年7月28日放送回から再度クレジット。, 初回から2015年3月20日放送回および同年8月21日から9月4日放送回までクレジット。, 2007年5月11日放送回から2016年9月16日放送回及び、2019年11月2日放送回よりクレジット。, 2019年10月5日放送回から2020年3月28日放送回まで助監督表記。2020年4月4日放送回より副監督表記。, ADKエモーションズへの移行後もクレジット上は「ADK」表示で継続。2014年6月6日放送分よりロゴを変更。, 2017年7月28日放送回から、各回毎に設定を担当したアニメーターがクレジット。公式サイトのスタッフ情報ではメインスタッフ時代から継続して務めている吉田誠のみ記されている。, 2005年4月15日放送回から2017年7月7日放送回までメインスタッフとしてクレジット。, そのため、OPとEDが両方放映されることはなく、特定のアーティストが存在する決められたエンディングテーマは存在しない。ただ、両方カットすることは映画を除きなく、どちらかはほぼ必ず流されていたが、2018年10月12日から11月23日まで、12月14日から2019年2月15日、7月5日、8月2日、8月30日は完全に両方とも廃止。, 2018年1月までは毎週使用、2月以降は不定期で使用していたが、4月13日を最後に使用されていなかった。, TVサイズでは「ぼくドラえもん」を引用した間奏部分は尺の都合で使用されていないが、同曲の作曲者である菊池の名はクレジットはされている。, 2018年3月までは、同年4月1日の認定放送持株会社移行に伴う商号変更並びに分社化前のため、朝日放送。, 作者の出身地。2007年3月までは月曜 16:25 - 16:50。2013年3月までは日曜 6:00 - 6:30。2013年4月から現在の時間帯に変更。, 2008年3月24日までは月曜 16:24 - 16:54。2008年3月31日から2009年9月28日までは月曜 15:30 - 15:29。2009年10月5日から2010年3月22日までは月曜 15:29 - 15:58。2010年3月29日から2011年3月28日まで月曜 16:24 - 16:53。2011年4月6日から2013年9月25日まで水曜 16:00 - 16:29。2013年, 2017年7月25日までは火曜 16:24 - 16:53。2017年8月から2019年9月までは火曜 16:21 - 16:50。2019年10月から現在の時間帯に変更。, 2015年3月までは金曜 14:55 - 15:25。CMはドラガオじゃんけんの告知と前提供を含め、全て自社スポットに差し替えている。ED後の次回予告から後提供まではそのままだが、次回予告中に「土曜夕方5時」という文言がある為「UMKでは土曜あさ5時からお送りします」というテロップを挿入し、「ドラガオじゃんけん」の右上に出るテロップも番組ロゴで隠している。, 2016年3月までは月曜 16:24 - 16:53。2016年4月から現在の時間帯に変更。移動前は、映画公開特番や直後に放送される『, 映画公開に合わせてテレビ朝日にて週末の朝や深夜などに再放送を実施されることがある他、, ただし「一生に一度は百点を...」は、原作とは違う物になっている(原作ではこの話に登場する『コンピューターペンシル』が描かれた非常にシンプルな物になっている)。また「タタミのたんぼ」ものび太が田植えをしている絵とドラえもんが餅つきしている絵こそは原作と同じだが反転しており、ドラえもんのそばでかかしが見守る絵が追加されている。, 主にドラえもん達によるミニコントが流れるが、放送日・放送される週にちなんだ内容になる場合もある。, 『クレしん』からの告知はドラえもん達5人に加え、ママ(野比玉子)・パパ(野比のび助)・先生も担当する様になった(後者の三人は、その日の放送回に登場しなくても担当する場合がある)。, のび太の部屋の窓枠が十字架の形をしていたが十字架が無くなった。またのび太の部屋の天井には飛行機の模型が飾ってあるなど, 使用曲は「ドラえもんのうた」(OP映像は大杉版・山野版の両方が使われたが、音声は大杉版を使用)→「ぼくドラえもん2112」(帯番組時代のオープニング映像に「2112」のエンディング映像を合成)→「ハグしちゃお」→「夢をかなえてドラえもん」(映像は2017年版のもの)。いずれも映像はノンテロップバージョンを使用。, 「ダメ犬、ムク」の10円→10セントや『怒りのポップコーン』の将棋→チェッカー等。また「100年タイムカプセル」の終盤のあるシーンように、英語圏の名称に関係なくとも台詞自体の追加や変更がされている場合もある。, 1979年(昭和54年)から2005年(平成17年)3月までテレビ朝日系列で放送されたシリーズ, キスマイ10周年でやれるかな? ☆データ放送のゲーム「ドラガオじゃんけん」を実施中!番組放送中にdボタンを押して参加しよう! abc 朝日放送テレビは、近畿広域圏を放送対象としたテレビ・ラジオの放送局です。大阪市福島区の“ほたるまち”の社屋から皆さんに楽しんでいただける番組を発信しています。