閲覧ユーザー数:37912, 「……さよか……ありがとさん、そのまま、小梅ハンについとってくれや。オレはボウズ捜しに行くさかい」, 「さっき車庫見たらアンタのビートル無かった……修理にでも出してんねやろ?ジイさんは、ここで連絡係やっといてくれや。バイクに3人は乗れんさかい」, 哀は外出用に、毛糸で編んだ白い帽子を目深に被っていた。秋らしい寒い空気が頬を刺し、息を白く染めたが、朝日は反対に穏やかだった。家々の高い塀が、2人の足元に影を落とす。, 「米花駅の駐車場や。ここに来るとき、和葉と小梅ハンはタクシー使たけど、オレはその後ろからバイクでついてってん」, 「工藤は多分ここや。映像はもう見んでええ。多分、この映像よりずっと酷い状況やさかい」, 哀と平次は行く道すがらバスに乗り、米花駅まで行った。暗い地下駐車場に入ると、奥の「バイク専用」と書かれた看板の下に見慣れたバイクがあった。, 平次はヘルメットを哀に手渡した。哀はバイクに乗るのは初めてだった。硬く冷たいヘルメットを、藍はそっと頭に乗せる。, 平次は手早く哀のヘルメットのひもを固く結んだ。そしてバイクに乗せ、自分も跨ってヘルメットを装着した。そして、低くエンジンをうならせ、出発した。, 平次と哀を載せたバイクは、首都高を出て、東北自動車道をひた走っていた。しかも、東北道に乗ってからこれまで1度もパーキングエリアに停まる事無く走り続けている。, 「アホ。止まってもうたら、工藤助けられへん。犯人はタイムリミットは今日の12時や言うとった。あと1時間ぐらいしかないで……」, 平次のバイクはそこから5キロほど行った辺りで、「出口」と標識のある所へ入った。料金所で料金を払うと、いかにも東北らしい田舎道に出た。, 平次は、哀に渡されたスマホの画面にしわを寄せて見入った。そして平次は、腕時計をチラ見した。, 平次は再び哀を乗せて発進した。スピードを上げると、周りの赤く色づいた木々がぼやけて見える。, 哀は、振り落とされないように必死でしがみついた。しかし平次はスピードを緩めない。それどころか、さらに踏み込んで加速した。, 大分日が昇った林道に、おかんむりの哀と、路肩に停めたバイク、そして木にもたれかかって座る平次がいた。バイクは湯気を立てている。, 「だから言ったでしょ?!途中で減速したと思ったら、動かなくなって……人間だろうと機械だろうと、無理に動き続けたら壊れてしまうに決まってるじゃない!」, 「ス、スマン……一刻も早よ工藤ンとこへ行きとぉてな……大丈夫や……このバイク、強者(ツワモン)やから、ちょっと直せばすぐ動くようになるって……」, 平次は、ぎこちない動きで立ち上がって、バイクの状態を見始めた。その動きを怪訝な顔で見ていた哀だが、急にハッとした表情をした。, 哀は素早く平次のジャンパーと服をまくり上げた。平次の腹部には、先ほどの治療の跡だろう、包帯が幾重にも巻かれていた。しかしそれには、まだ濡れた赤い血が滲んでいた。, 「今は、私たちは工藤君を助けなきゃいけない。でも、貴方だって怪我を負ってるのに……そこまで考えが回らなかった自分に怒ってるのよ」, 「これ以上、移動を貴方に任せっぱなしにするわけにはいかないわ。ここからは、私が歩いて行く。貴方は無理に動かず、ここで休んでなさい」, 「え……そんな、それこそ無理やって!工藤のおるトコには、工藤攫た犯人がおるかも知れへんのやで!?ちっさなってしもたあんただけや太刀打ちできへん!!」, 「でも、どのみち行かなければ、工藤君を助けることは出来ないわ。子供を平気でこんな目に遭わせ、貴方にも怪我を負わせた非道な犯人からはね!!」, 「ハハハ、スマンスマン。でも、あんた、そのクールさに反して、熱ぅなって見境無うなってしまうことあるさかい、気ィ付けや」, 哀の後ろから突然、明るい声がした。しかし哀は微かに戦慄を覚えた。振り向くと、スカジャンを羽織り、緑のヘルメットを被ったベリーショートの女子高生―――世良真純がバイクから降りてきた。, 「ウチラかてコナン君心配やもん!!そしたらな、コナン君の行方追ってるっちゅう、クロバネ・ガイトさんに会うてな、ここまで連れてきてもろてん!!」, 平次は、新一によく似た顔のボサボサ髪の少年をじろじろ眺めた。快斗の方はといえば、(何でここに大阪の探偵がいんだよ~!?)と心の中で叫んでいた。, 「コナン君の傍には、危ない犯人がいるかもしれないんだ!!そこに、子供の君を一人で行かせるなんて…」, 蘭が進み出てきた。哀は、若干揺れた。世界で一番、コナン、そして新一を想い、また思われているのは蘭なのだ。蘭の顔には、純粋な、大切な人を助けたいという気持ちが滲み出ている。, GPSでコナンの位置を把握した快斗が、スマホ片手に、落ち葉で埋まった山道を登り始めた。蘭と和葉がそれに続き、真純は手負いの平次を助け起こして歩いた。その後ろを、哀が小走りでついて行った。, 快斗は、途中の分かれ道で右に折れた。そこには、朽ちた看板に『太平山登山道入り口』の文字があった。鬱蒼と広がる紅い雑木林を抜け、小川の苔むした丸太橋を越え、腰ほどまである高い枯れ草の草原を抜けると、上まで真っ直ぐに続く長い細い上り坂に出た。さっきまで晴れていた空は、いつの間にか暗雲が立ちこめていて、小雨が降り始めている。道は紅葉で埋め尽くされているが、じっとりと湿って見えた。快斗を先頭に、一行は落ち葉に足を取られながら走った。哀が「あと10分しかないわ!」と後ろから叫ぶと、足は一層早まった。, 平次が声を上げた。色づいた林に囲まれて、小さな山小屋が一軒、坂を上りきった先に建っていた。快斗と平次が真っ先に小屋に駆け寄った。ドアの取っ手を回したが、中で鍵がかかっているのか、ドアはピクリとも動かない。, 快斗を押しのけて真っ先に小屋に突入したのは平次だった。続いて快斗が、そしてそれを押しのけるように哀が割り込んだ。次の瞬間、一同は目の前の光景に息を呑んだ。, 暗い床に、一面赤く光るモノが広がっている。その向こう、暗がりの中には、小さな一脚の椅子、そして……, 平次は素早く駆け寄った。コナンは、椅子に手足を縛りつけられたまま、か細く息をついている。その顔は、蝋人形のように蒼白だったが、目を凝らすと黄色味がかったように見える。割れた眼鏡が、その足元に落ちている。近くには、リボルバーの拳銃が一丁打ち捨てられていた。薬莢も2つ落ちている。, 快斗も平次の隣にしゃがみ、必死に呼びかける。しかしコナンは目を覚ます様子はない。平次が肩を叩くと、小さな頭が揺られるままに揺れた。, 快斗は、無意識のうちにコナンの手と肘掛けに手を置いていたが、ふと見下ろすと絶句して手を放した。コナンの手首は、肌の色が分からないほど血に塗れている。床に広がっていたのはコナンの血だったのだ。頑丈な太い荒縄も、何度も擦ったのだろう、端々がボロボロになり、赤黒く染まっていた。その手を、平次は無言で取り、脈を探った。そして、一瞬暗い表情に変わる。, 傷だらけの手首の、乾いた黒い血の下からは、紅い鮮血が未だ滲み出ていたのだ。傷も浅く、出血量からして、とっくに止まっていてもいいはずなのに……, 『人間、真水よりスポーツドリンクや生理食塩水を飲んだ方が良いって、知ってるわよね?』, 『吸収云々の問題じゃないわ。スポーツドリンクの方が、水より体液の濃度に近いからよ』, 『そう。細胞は、その細胞内溶液より高張な液に浸すと水分が細胞から出て縮み、逆に低張液に浸すと水分がどんどん入って膨らみ、動物細胞なら破裂する……』, 『恐らくそうよ。さっき画像を分析してみたの。工藤君の腕には、細いチューブが挿入されていたの。最初は血を抜いてるのかと思ったけど、チューブは透明のままだったし、何かを注入していると考えた方が自然だわ。容疑者はいずれも医療従事者だし、正確に動脈に針を刺してるでしょうね。水か、おそらくは溶血を起こす毒素を持った毒かなんかを……』, 『赤血球が破壊されれば、酸素を運搬できなくなり、溶血性貧血が起こるわね……この場合、全身倦怠感や動悸、息切れ、頻脈、頭痛、発熱などの症状が現れるわ。さらに、溶血で血しょう中に放出されたヘモグロビンは肝臓で代謝され、ビルビリンという物質になる。それが多くなれば、高ビルビリン血症によって黄疸が現れることがあるわ』, 『ほんでも、症状はふっつーの貧血と変わりあらへん……そんなんで、工藤への復讐とか……』, 「ああ、せやから、動悸が早よなるし、黄疸も起こっとる。でもそれだけやない……見境なく、細胞っちゅう細胞壊してもーたら……」, 平次はコナンを抱きかかえ、自分のジャンパーを敷いた床にそっと下ろした。コナンの意識は未だ戻らない。か細い息が繰り返し続く。額にはじっとりと汗が滲んでいた。触れると高い熱があった。ここに、自分以外の人がいる事すら、今のコナンは認識していないだろう。, 「血小板が破壊されてもうたから、血が止まらんようになってしもたんや……きっと、この状態で、怪我して血ィが出るように仕向けたに違いあらへん……例えばさっきの拳銃とかで……」, 「犯人は警察には連絡するな言うてたけど、やっぱり心配やから、警察と救急呼んだけど、ええ?」, 「工藤……いや、コナン君見つけた今、犯人に遠慮する理由は一つもないで。一刻も早よぉ、コイツ病院に連れて行かな」, 「大量の出血で血圧が下がっとる……姉ちゃん、ボウズの足、あんたの膝に乗っけたってくれへんか?心臓の血液循環量を増やさなあかん……」, 蘭はぐったりしたコナンの足元に回り、そっと足首を掴んで自分の膝に乗せた。足を動かされても、コナンは反応しない。呼吸も、さっきより苦しげに感じられる。しゃくりあげるような動きをみせ、口が開いたり閉じたりを繰り返していた。蘭はそっとコナンの手に手を伸ばした。, 「寒かったよね、痛かったよね……ホント、何もしてあげられなくて、ごめんね、コナン君……」, 「絶対助けたる、そう思て、ここまで来たんやろ?だったら、最後まで諦めんと、ボウズの傍についとったり!あんたがそこにいる、それが、このボウズにとって一番や。このボウズは……あんた無しではダメやさかい」, 「うん……でも、コナン君の手、すごく冷たいの……寒かったんだろうなって、思ったら……」, 「完全に意識が無い場合は、心停止を疑う、これは救助の原則ですが……コナン君のさっきの呼吸は、心停止が起きている時の呼吸なんです」, 「さっきの、しゃくりあげるような呼吸のことだよ……きっと、大量の出血で血圧が下がり、心臓が動かせなくなってるんだ……だから体温も下がった……心停止直後、脳は血液中に残った酸素でまだ動いている。そこで、脳が酸素を取り込むため、無意識のうちに呼吸をしようとするんだ。でもこの場合は、呼吸をしても肺に空気が入らない。だから、このままだと酸素の供給が止まって、脳も死んでしまう」, 「山の上の小屋や言うてるのに、小屋なんてあったかいな~?なんて……アホちゃうか!!」, 平次は、悲鳴が聞こえた奥の部屋へ向かった。その前では、哀が狼狽えた顔で立っていた。, 「……工藤君の近くに、何か重いものを引きずったような跡があって、それで、来てみたら、こ、この人が……」, 平次は急いで部屋を覗いた。さっきよりも狭い、物置のような部屋の中に、一人の人影が倒れていた。平次は、それを見て顔を歪めた。, ユーザー登録してTINAMIをもっと楽しもう!